WHITEHOTEL

WHITEHOTELから帰るところ。私は昨晩、理由もなく大泣きした。こんなに泣くのは久しぶりだった。どこで生きていけばいいのか、どうやって生きていけばいいのか、そんな不安が同時にやってきて、たくさん泣いた。息ができないほど泣きながら、コロナに感染した友達と電話した。私は友達が苦しんでいる時、うまく言葉をかけてやることができないのだけれど、その友達は私を優しく慰めてくれた。息が整い、最後は笑って電話を切った。

 


これまで自分の体を所持しているという事をうまく認知できずにいたけれど、昨日は自分の持つ体を激しく感じた。この家から、この体から、逃げ出したい。強い思いだった。抗うつ薬をやめた。指先くらいの大きさの小さな粒、それが私の体に作用して、人間として、私をなんとか生きさせていた。こんなしょうもないコンポーネント。人間なんて所詮、こんなもんなんだって。

どうしようもなく苦しい中、私は死にたくて、でも生きたくて、WHITEHOTELという展覧会へ向かった。道中、ラブホテルの前でたちんぼをする女性を見かけた。お金とかいう意味の分からないもの。お金とかいう意味の分からないものがないと私達は生きていけない。展覧会は、ホテルの形式を使っているので宿泊料金(お金とかいう意味の分からないもの)を払い鍵を渡され中に入った。

 


その場所は今日の私を生きさせた。一通り展示会場を見た後、床に寝転がりながら石毛さんの映像作品を眺めた。ベットは粘土で出来ていて、寝たあと、自分の形が残っていた。私はこの展示を通して今まで把握が難しかった自分の体の所有を感じられた。私は人間らしい。そして人間として生きているらしい。人間力とかそんな言葉があるけれど、この場所に赴いた事が私の人間力であった。私は確かに、生きていた。終電に乗って逃げ込んだWHITEHOTEL。この展覧会を体験する事ができて良かった。

 

そして今朝、母の父が亡くなった。人は死ぬ。